ニューラル機械翻訳(NMT)と翻訳者の将来
ニューラル機械翻訳と仲良くなる ― Manage the changes
最近何かと話題のニューラル機械翻訳(NMT)ですが、私はニューラル機械翻訳の一刻も早い進化を願っている者の一人です。人工知能(AI)の発達で極めて人に近い翻訳が可能になりつつあります。近い将来、翻訳者の仕事環境に劇的な変化が訪れても不思議ではありません。その昔、ビジネス英会話で"manage the changes"という表現を習いました。時代の変化に抗うのではなくその変化を上手に取り入れることが大切だという意味です。ニューラル機械翻訳が大活躍する時代はもうすぐそこまで来ています。これから激変していくであろう翻訳業界の中にあって、この変化に押し流されることなく上手にマネージして、いかに自分の味方につけていくかが重要になってくると思います。ニューラル機械翻訳が実務翻訳家にとって良き相棒となることを願っています。
そういう自分はというと、実はマシーン類に全く依存しない翻訳家です。巷には様々なコンピューター翻訳支援ツール(CAT)がありますが、こちらも使っていません。何年か前まではCATの導入を真剣に検討したこともあったのですが、結局やめました。時間も費用もかかるし、また当時の(今もそうですが)、まだ満足のいく翻訳力レベルに達していない段階でマシーンに頼っても、翻訳能力の上達が加速するとは思えなかったからです。私は翻訳業に専念したのが比較的遅かったので、起業して以降『短期間で翻訳力を上達させる』ことに最大のプライオリティを置き、そのために必要な投資を行いました。今になって思えば、私の場合に限ってはこの判断で正しかったのだと思います。普段は優秀な電子辞書君とググ~る先生と本棚の辞書を使って翻訳しています。それで十分でしたし、今後もこの支援体制を変える必要はなさそうです。
翻訳や通訳のニーズの増加や国際化や少子化(=翻訳者や通訳者は減る)の傾向などの状況を考慮すると、進化したニューラル機械翻訳の登場は多くの企業や個人にとって非常に大きなメリットがあると思います。例えば、医薬翻訳分野では医薬論文1本の翻訳を依頼したいときクライアントの負担は安くても10万円前後です。20本の論文を参考として読みたいとき、参考文献翻訳の費用として200万円を投じるのは、研究費の使い方としていかがなものかと思います。逆の立場なら…。従って参考論文を質の高い機械翻訳で読みたいと思っている研究職の方は随分多いと推測されます。その他の様々な分野でも、機械翻訳は大いに期待されているはずです。手元の英文資料やネット上の英文記事を一瞬で日本語化できればなぁと思っている、時間にもコストにも敏感なビジネスパーソンは多いはずです。私も、例えば英語以外の言語のニュース記事を読みたいとき、上質な翻訳をしてくれる機械があれば大いに助かります。ニューラル機械翻訳の進化はマクロ的視点に立てば大いなるパラダイムシフトといえます。
翻訳者と機械翻訳の関係は、好むと好まざるに関係なく、短期間で密接な関係を築かざるを得ないでしょう。いわゆるポストエディティングの仕事が増えています。日本よりも海外の翻訳業界でのニーズが高いようです。言語間の特徴を考えるとそうかもしれません。私にもそのような仕事の打診があります。既にプロジェクトチームを構成して取り組んでいる翻訳会社もあります。近い将来急増すると予測されるニーズに対応するために今から対応を迫られている、そんな感じです。
でもなぁ~機械が翻訳した後を人間が修正するというのも何だかいまいち…、と私自身は"manage the changes"と言っておきながらモチベーションが上がりません。そもそも私の場合、英→和翻訳は出版翻訳に特化しつつあるので、現実的にはしばらくの間はニューラル機械翻訳に頼ることはなさそうです。出版翻訳まで可能な機械翻訳が登場するのはまだ随分先のことだと思われます。和→英翻訳の場合は、原稿の日本語の質の高さに左右されるのではないでしょうか。ニューラル機械翻訳といえども、複雑に入り組んだ十分に推敲されていない日本語原稿の筆者の意図を正確に読み取ることは困難でしょう。逆に十分に推敲し正確に書かれた原稿だと、ニューラル機械翻訳が大いに力を発揮するものと思われます。論文翻訳、特許翻訳、契約書翻訳などは上手に使えばメリットは大きいと思います。
私個人は業界のトレンドからは外れてしまっていますが、多くの翻訳者にとってニューラル機械翻訳とはお友達にならざるを得ないと思います。嫌でもポストエディティングのニーズが増えていきます。これから激動の時代を迎える翻訳業界の荒波を上手に"manage the changes"していかなければなりません。
一方ではポータブルの自動通訳機も登場しています。開発した人は偉いなぁ~と思います。さらに改良を重ねて、多くの人々が言語間の壁を感じることなく瞬時にコミュニケーションが取れるようになって欲しいと願っています。