チョーサーの総序の歌
「遥か遠くに憧れを抱く」は中世によく使われた言葉と言ってもよい。現代人は産業や戦いが高度に発達した現代から「のどかな英国」を郷愁の念を抱いて振り返るが、過去の人々がさらに古代のギリシャやローマ、特にその時代の英雄や英雄にまつわる物語を、郷愁の念を抱いて振り返ることはなかった。中世の人々はまるで子供の様に、同じ物語を何度も何度も繰り返して聞くことに決して飽きることがなかった。例えば、『トロイの木馬の物語』、『アレキサンダー大王物語』、『ロランドの死』、『聖杯伝説』などである。このような物語の中に中世の人々は人生のロマンスを発見するのであった。それは、決して彼らの日常とかけ離れてはいない、ただ見えていないだけのロマンスであったり、また物語や神話という形式を通じてのみ感じ取れるロマンスなどであったりした。
ジョフリー・チョーサーは、このような物語(といっても彼が創作した物語ではなく、「古い時代の書物」の中から彼が愛しそして新しい形で語り継いだ物語である)をこよなく愛する、この時代の代表的詩人である。チョーサーの同時代の人々にとってチョーサーは、チョーサーがその初期の小編で真似たフランスの詩人のように、ロマン溢れる愛の詩人として映ったことであろう。しかしチョーサーにとっては、多くの同世代の人々と同じように、ロマンに溢れる愛とは、重要ではあるものの、チョーサー自身も人々も喜びを感じる物語のテーマに過ぎなかった。こうしてチョーサーは詩的傑作を作ることになったとき、同世代の人々や後世の人々に向けて『カンタベリー物語』と題する物語集を編んだのである・・・